2011年10月13日 01:32
秋になると、紅葉が待ち遠しくなります。
そんな"紅色"、一色の刺繍にフィンランドで出会いました。フィンランド語でkäspaikka(カァスパイッカ)といい、フィンランド東部の伝統的な手芸です。綿や麻の布地に、赤い糸だけで縫っていくシンプルなものですが、どこか懐かしい感じがします。
古くから、女性たちは家事や仕事の合間をぬって作っていました。基本の模様は鳥と木なのですが、作り手の自由な発想によってさまざまな形になっています。似ているパターンはあるけれど、きっとまったく同じものはないのでしょう。鳥は、ずっと昔から使われてきたモチーフなのだそうです。卵を産むことから、"生"をあらわしているようです。木は、この地方の民間伝承から「生命の木」と呼ばれています。亡くなった人の魂がこの木をつたって、天へと昇っていくと信じられていました。
またこの地方(フィンランド東部)はロシアと隣接することからも、ロシア正教の影響が強い地域です。作品を見ると、鶏によく似た鳥の中に十字架が描いてあり、そんなところからも宗教的な意味合いがうかがえます。もともと、イコンの枠上を飾り、洗礼式には神父さんの手を拭くものでした。 他には、お客さんにナプキン代わりにあげて、パンくずなどが床に落ちないようにするという使い方もありました。あとは、お嫁入りの時には、お嫁さんが何枚も手作りでこしらえたものが、相手の親戚への贈り物となりました。これで、お嫁さんの手芸の実力のほどが計られたのでした。
伝統的な美しい作品は、ヴイルッキさんの手工芸博物館のホームページをどうぞ。http://www.kolumbus.fi/virkki-museum/kaspaikat.htm
ちなみに、週末「芸術の秋!」には遠く及ばないのですが、昔のフィンランドに思いを馳せつつ、作ってみましたkäspaikka。といっても、大きな作品の一部分だけ好きなところを抜き取った、とても小さなものです。たまに針が指に刺さりながらも縫い、鶏君が姿を現しました^-^ (永井涼子)
2011年10月 5日 09:51
毒を食らわば
前回に続いて、今日もキノコの話題です・・・。
秋口なると、書店によくキノコの本が平積みにされるか、あるいはキノコ本コーナーができあがっていたものです。いろいろな種類の本がありました。ポケットで持ち運べるものから参考書タイプのものまで。なかでも、キノコの美味しさについて星印(☆)で表しているものはけっこう面白かったのです。
たとえば、最高点の星5つはカンタレッリについていたけれど、松茸には2つしかついていないのにはびっくりしました。じつは、日本で採れるものと同じ種類の松茸が北の地域にはえています。ただあまり、フィンランド人に好んで食べられてはいないのだとか。松茸はフィンランド語で良いにおいのするキノコという名前なのだけど、どうも敬遠されているようです。
いつの日か森で、「松茸しかとれなかったよ、トホホ。捨ててやる(!?)」なんて言っているフィンランド人に出会えたら、喜んで引き取ってあげたいものです。と、永谷園のお吸い物くらいしか松茸経験(経験と数えていいものか・・)のない者は浅はかな夢をみているのでした。
松茸の地位はそんなに高くないのに、とても人気のある毒キノコがあります。春先に生えてきます。フィンランド語でコルブァシエニといい、直訳すると「耳キノコ」という真っ黒なうねうねしたキノコです。猛毒があって、そのまま食べると肝臓機能が麻痺し、死に至ってしまうこともあるという恐ろしい代物です。
http://users.jyu.fi/~kalasalo/ope/opteht/op2/materiaali/esimerkin_tiedostot/korvasieni/
もちろん、フィンランド人にだけ猛毒を受け付けない細胞やDNAがある!という訳ではなくて、手間ひまかけて毒をとります。一握りのキノコに対して、大鍋いっぱいの湯に浸し、そして冷水につける。この作業を最低でも3回やらなければいけないそうです(なかなか年季のいる難しい作業とのこと、間違っても素人がひとりでやってはいけないと、フィンランド人のおばさんに口を酸っぱくしていわれました)。
市場でも売っていて、何度か買ってみようかと思いをめぐらせたのですが、結局、実行にはいたりませんでした。万一毒にあたってしまったら、「よっぽど食べてみたかったのね、可哀相に。食べること大好きだったものね」なんていうのが、人生最後に下される我が評価になってしまうかもしれません。
毒を取ってまで「食べたい」なんて凄い情熱だなと感心していたのだけど、先日フグ風味のお吸い物(あくまで風味だけです、残念ながら)を飲みながら、ハッとしました。「あ、ここにもそんな人たちが・・・。」
(永井涼子)