2012年4月17日 13:01
先日、フィンランドの女友達と国立の夜桜を見に行きました。
桜並木が、大学どおりに沿ってふわーっと咲き誇り、ちょうどいい時期でした。
その桜の木の下で、クリーム色の髪を肩までふんわりと下ろしている彼女は、まるで桜の精のようで、じつは私はちょっとドキドキしてしまいましたヨ。
それから、桜が見渡せる夜の喫茶店でお茶を飲むことにしまして。
桜を見ながら、近況やこれからのことを語り合っていたら、「異国にいて、恋しくなる景色は何か」というお題になっていきました。
彼女にとって、それは「水の景色」でした。
「フィンランドでは、いつも水の近くにいたから。実家の目の前に湖があったし、大学のあるヘルシンキでも、海がすぐ近くにあった。日本だと太陽は、山やビルに隠れてしまうけど、水ぎわだと、沈んでいくのも昇るのも最初から最後まで見えて・・・。」
「そうそう、あの静かにどこまでも広がる水平線は、海と空が交じり合って、なんだか心がすーっと穏やかになっていくんだよね」と、ひとしきり会話に花が咲きました。
「あなたは?」 と聞かれて、
「私は、桜を思っていたなぁ」と、言いました。
思えば、冬のフィンランドで、雪が木の枝にほっかりと積もっている景色が好きでした。それは、桜の花が満開に咲いているように見えたので、それがうれしかったのです。「森へ歩いて行って、そんな雪が降り積もった木を、眺めたこともあったんだ」と、彼女に伝えました。
喫茶店から、駅へと向かう帰り道、私には不思議なことがありました。
桜を見ていたら、フィンランドで降り積もっていた雪を今度は思い出してしまった・・・。
(永井涼子)
2012年4月10日 10:39
トマト
トマトがあると、けっこう嬉しかったりしませんか?
赤く丸く、緑のヘタをちょこんとつけたその姿。夏はそのまま塩をつけていただくだけでおいしい。
トマトにはけっこうお世話になっている。
フィンランドで始めての一人暮らしの時は、市場によく"トマト袋"を買いに行った(トマト袋は勝手に名づけたのだけど)。熟れすぎたトマトが袋にパンパンに入れられていて、1ユーロか2ユーロで売られているものだ。それを使って、トマトソースをよく作り、スパゲティばかり食べていた(ようは、私に料理の腕がなく、満足に作れるのは当時それくらいだったのだ)。まるで、イタリア人並みに食べていたのではないだろうか。
トマトをよく食べていたせいか、縁あって、夏にフィンランドのトマト農家でアルバイトをすることになった。ビニールハウスで栽培されているが、日が沈まない白夜も関係して、トマトの生長は早い。農家にしてみれば、猫の手も借りたい忙しさだったのだろう。
バスにゆられてたどり着いた農家では、だんなさんとおかみさんが迎えてくれた。まず、だんなさんは、どんなトマトがAクラスで、小ぶりだったりするとBクラスになるかを教えてくれる。そして、摘み取ったトマトをAのカゴかBのカゴにいれるのが仕事だった。「はい、わかりました!」と返事はよかった私だが、いざ始めてみると「君は、大きいのか、小さいのか?」とトマトに心の中で聞いてばかりいた。トマト一つでも、AかBかなんて単純に割り切れるものではないなと思った。
そんな思いを察したのか、だんなさんとおかみさんが飛んできた。おかみさんは、私がBのカゴにほおったトマトをみて、
「まぁ、これは王様のトマトよ!Aでしょ!」
と、驚きの声をあげた。わたしにはトマトを見分ける才能(?)がないのだと、瞬く間に落ち込んだ。が、次の瞬間だんなさんが、
「え、そう?これでいいんじゃないの?」
と、言った。3人の間を、戸惑いの空気が流れていった。
今でもトマトを見ると、あの時の情景が思い浮かび、ときどき苦笑する。バイトを終えて帰るときに、おかみさんが山のように熟したトマトをお土産にくれたことはいい思い出だ。でも、やっぱり本音を言えば、トマトが大きかろうが小さかろうが味に変わりはないと思った(やっぱり向いていなかったのね・・)。でも、夜、目をつぶると鮮やかなトマトの大群がまぶたの裏に浮かんでくるという不思議な感覚があって、あれはオモシロかったな~。
最後に、蛇足だけど、トマトは体を冷やす作用があるとのこと。冷え性の人は、たくさん食べるとしんどくなりますよ、ご注意!私も気をつけようと思います。
(永井涼子)